上司たるもの見本でなければならない?挨拶でわかるその上司の育ち?

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上司たるもの見本でなければならない?

流通業を除いて世間一般的には、年末年始休暇に入っている企業が多いことと思います。家庭をお持ちの方なら、今日明日と大掃除で多忙なことと思いますが・・・進んでいますでしょうか?

私の場合、大掃除と称して押入れの中の物を整理しながら、過去の写真やパソコン関係の雑誌などをつい呼んでしまい、毎年と言っていいほど大掃除がはかどりません。結局、中途半端に終わらせてしまい、不満足な片づけとなってしまいます。う~ん、こればっかりは子供の頃から治りません。(笑)

冒頭から恥ずかしい話を書いてしまいましたが、28日に仕事収めとなり、自分のデスク付近の余計や資料なども廃棄し、年明けにやることの資料もまとめ、着手することをリストアップし、万全の態勢を整えてから退社しました。会社では出来るのに何故自宅ではこうしたことが出来ないのか?疑問に思ってしまいます。

さて、年末が近づくにつれ、毎朝の朝礼では自分を含めてこのように話すことが多くありました。

「残り稼働日は○○日です。今年中にやっておかなければならないこと、年明け早々にやっておかなかければならないこと、それぞれを整理し、最終日に慌てることのないように今から対処していきましょう!」と。

言い方はベストではないかも知れませんが、この言葉は自分にも意識させるつもりでコメントしていますから、言いだしっぺがやらないわけにもいかないので、なんちゃって管理職の自分ではありますが、やはり見本を見せておかなければならないと考えておりました。

しかしですね、年末にいきなり1月1日付けの異動が内示され、先の記事にも書きましたが、年明け早々頭が痛い。経営は何を考えて異動を決めるのか?本社の事務は明日から担当者がいなくなっても仕事が回ると思っているのか?そのあたりの真意を聞きたいものです。

挨拶でわかるその上司の育ち?

さて、最終日も定時まで残り1時間となったころ、営業本部の最高責任者が帰り仕度をしておりました。「ぼちぼち帰るのだろうな?」と思いながら、こちらは支店からの問い合わせ対応に必死で、電話と向き合っておりました。

そして、その責任者が我々のセクションを歩き、扉の方に向かって歩き始めました。

実は、最終日に支店から問い合わせがあるような事態を引き起こしたのは、この営業本部の最高責任者の「無理難題の押しつけ」、「自分の保身のための実績作り」が原因でしたので、少なからず私を含めた部門のスタッフは彼にはどうしても好意的にみることはできません。そんな状況です。

彼がだんだんと近づいてくる。「君たち、最終日まで本当にお疲れ様。遅くまで残って仕事してもらったすまない。みんな良い休暇となるように過してくれ!それでは良いお年を迎えてね。」くらいは言うのかな?と思っていたところ

「良いお年を」

「良いお年を」

「良いお年を」

「良いお年を」

「良いお年を」

という言葉がだんだん大きな声となって近づいてくる。

それもそのはず。彼が通るそばのセクションごとのスタッフにこのように声掛けするものだから、出口付近にいる我々にはこのように聞こえてくるのです。

「何が良いお年!」をだぁ???はぁ???

お疲れ様と一言も言えない責任者。彼は執行役員でもあるのです。

最後の最後まで気分良く仕事を終えることが出来ませんでした。

このような配慮が出来ない人って育ちが影響しているのでしょうか?周りに誰も注意をする人がいなかったのでしょうか?

会社のNO2がこのような方ですので、やはり業績は推して知るべしです。

決算までの来年の業績。私なり予測はしておりますが、ここ数年大抵予測と同じような着地をしております。景気が良くても、業績は上がらないな!なんて同僚とも話をしておりますが、会社の業績=経営者の経営能力・人としての資質、という数式が成り立つのではないかと再認識しております。

今年も残りあと2日ですね。気分の良い年末年始を過せるようにしたいと思っております。

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