喪主の葬儀挨拶 感動した一言

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先日、会社関係で親しくして頂いていた方の奥様が他界されました。まだ60前なんですよ。私より年上の方ですが、まだまだ若い!とても残念に思えてなりません。

先の記事で人間50年というタイトルで、私見を書かせていただきましたが・・・それにしても早すぎる死であることに違いはありません。

この参列は必然な事象である

まさに今回の葬儀参列を自分に置き換えると、長年連れ添った家内の葬儀ということになります。家内もいっしょに参列したのですが、隣にいる家内を見て、もし同じ状況だったらどうなっちゃうのだろうと、考えた自分がおりました。

私にとっては、この参列は「もし、家内が今他界したら、お前(私)は後悔することがたくさんあるだろう。だとすると、お前は何をしなくてはならないんだ?」と考えることを教えてくれた事象として、捉えることにしました。

自分に起きた事象って、自分が引き寄せたものである、と考えれば、そも原因を他人のせいにすることもありません。他人のせいにするから争いごとが起きるのです。会社でもそういったことが起きていませんか?

「後悔先立たず」ということも思いだしましたし、小学校を卒業する時に書いた文章で「何事も後悔しないように」と書いた自分も思いだしました。

後悔しないことがまったくない人生は、あり得ないと思います。そして、人間には学習の能力がありますし、学習さえしておけば同じ失敗をする確率が非常に低くなるので、この先出来るだけ経験値を活かした生き方をしようと思ってます。

さて、家内に何をすると喜んでもらえるのか?真剣に考え、実行したいと改めて決意した私です。あなたは何を奥様に差し上げます?

感動は一言で与えることが出来る

喪主は、当然ながら私とその親しくしていただいている同僚です。奥様の死、たいへんお辛いものであったと想像しか出来ませんが、お気持ちを察したいと思います。

通夜の最後に喪主からの挨拶がありますが、はじめて聞いたことがありました。その方の奥様は1年半も闘病生活をされていたことです。

えっ!

と思いました。何故なら、その1年半の間、その同僚は奥様に対して心配しているとか、悲痛な叫びとか、そういった表情や感情を職場ではひとつも出さずに仕事をされ、他の同僚と接し、いつもと変わらない表情で出社されていました。

同僚といっても私の大先輩です・・・

彼の仕事は営業関係から始めたこともあり、長年に渡り帰宅時間が遅く、家庭のことは奥様に任せっきりであったと伺っています。それだけに奥様への想いは、大変強かったのであろうと感じています。

営業部門の方々は、このように家庭では夫、父親という役割を時間的に果たせないことが多いのは、会社の仕組みや制度で何とか変えていくことはできないでしょうか?奇跡的にですよ、私が会社の最高責任者になった場合には、徹底的に変えていくことをお約束します(笑)

話を戻します。

こうして家庭のことを任せっきりになり、奥様に負担をかけてきたことに対して、先輩同僚の気持ちが挨拶の言葉として大きな声で表現されていました。その言葉とは・・・

ありがとう!

です。

天国へ召された奥様に必ず届いていますよ。だって、気持ちが込められているんですもの。

あ~涙が出てきた。

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